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3/19

(2008/03/19)
凪綿に「音がする」の小説版をアップしました。
分量的にはSSなんですけど。
漫画の方が一月から放置で、かつ東方に浮気していていつ再開できるかわかなかったので、さし当たって文章化しました。
漫画のネームとは若干異なるのですが、概ね同じです。

約一名のケータイユーザーのために、ケータイでも見られるようにこっちにも書いておきます。
↓へ。


 ――大晦日。

 橘ワタルはパソコンに向かっていた。冬休み中にレポートを一つあげなければならないのだ。
 テーマ自体は難解ではない。実験をしたり統計をとったり、あるいは文献を漁らなければならないほどのものではなかった。
 「与えられた文献を読んで、自分なりの主張を展開させよ」という、ありがちなものだ。
 しかしなかなか筆――もとい、タイピングが進まない。
 今日はもう寝ようか……そう思った時だった。

「お……ナギからか」

 不意にケータイが着信を告げた。

「もしもし」
『ワタルか? 今家か?』
「ああ」

 毎年彼は彼のメイドの貴嶋サキと共に家で年を越すが、今年は違った。
 父親が倒れたとの連絡が入り、彼女は実家に帰っていた。
 つい先ほど彼女から電話があり、ただの貧血であったことを彼は知らされた。
 彼女は「戻ります」と言っていたが、「もう遅いし、今年はご両親と年を越してやれ」と彼女を実家にとどまらせた。
 当然反論してきたが、押し切って電話を切った。

『どうせまたゲームでもしてたんだろう』
「お前と一緒にするな」
『ま、それはいい。これから初詣に行くんだが、お前もどうだ?』
「初詣?」

 モニタの右下に表示されている時計に目をやる。
 なるほど、初詣に行くならそろそろ出た方がいい。

「あー…初詣ね」

 だが正直なところ面倒であった。
 ほんの数時間前まで彼は30万の人混みの中、有明漫画祭――つまり冬コミで買い物をしていたのだ。
 人混みは見飽きるほど見たわけだ。

「いや、オレは――」
『伊澄もいるぞ』
「よし、どこで待ち合わせだ?」
『現金な奴め。まあいい。今そっちに向かってるから……あと5分くらいだ。準備しておけ』


◆◇◆


 黒塗りのリムジンでやってきたナギの話を聞いた橘ワタルはかく語りき。

「はあ? 何考えてるんだ、お前は」

 マフラーを巻きながら、ワタルは怪訝な顔する。

「ワタルくん、そんなきつい言葉遣いをしたらいけませんよ」
「え? あ、ああ。まぁ、伊澄がそう言うなら」
「どんだけ伊澄に盲目なんだお前」
「三千院のご令嬢は一体何をお考えか。おつむがご沸騰になられて、お溶けになってしまったのかと、私は心配で昼と夜しか眠れませぬ」
「……ツッコミを入れて欲しいのか? それは」

 ワタルがそんな表情をしたには理由がある。
 ナギは言うのだ。
 明治神宮に電車で行くと。

「虎鉄が言っていたのだ」
「こてつ? ……ああ、はいはい。瀬川家の」
「そう、そいつだ」
「なんだ、あいつと付き合いがあったのか。昔一度、お前誘拐されなかったっけ?」
「そんなことどうでもいいだろ。話の腰を折るな」

 オホン、と咳払いを一つ。

「虎鉄が言っていたのだ。大晦日限定で幻のプラットフォームがあらわれると」
「原宿の話か?」
「原宿なのか?」
「知らんで行くつもりだったのか」
「うるさいな」
「それでワタルくん。幻のプラットフォームは本当に現れるの?」
「現れるっていうか、いつもあるけど、三箇日だけ利用される。明治神宮に直通だからな」
「幻じゃないのか」
「東京のど真ん中に幻があってたまるか」
「だが限定だ。限定は素晴らしい」
「お前はよくよくオタクだな。ああ、わかっていたけどさ」

 ワタルは嘆息する。

「すごく混むぞ。この寒空の下、ずっと並ぶんだぞ」
「いや行く。行くと決めた」

 ナギは力強く拳を握る。

「冬コミを越えたこの三千院ナギの前に、明治神宮など恐るるに足らぬわ!!」
「……居たのか……」

 道理で今年はやけに黒服を見かけると思った。あれはコスプレじゃなくて本当に黒服だったのか。
 ワタルは再び嘆息した。


◆◇◆


 結局ワタルにそこまで頑なに拒否する理由もなかった。
 人混みは嫌だが、伊澄が居るのなら、彼はそれでいいのだ。

 日本で五指に数える富豪の娘が、ほいほい人混みに行くのはまずいのではないか。
 彼は思案したが――「ご都合主義」の5文字が頭に浮かんだので、考えるのをやめた。

 三人はその後更に西沢一樹を拾って、渋谷駅から山手線に乗り込んだ。
 原宿駅の臨時ホームには陸橋がないため、新宿から渋谷・品川方面に乗ると臨時ホームに降車できないためだ。

 渋谷駅に向かうリムジンの中で、一樹はワタルに尋ねた。

「わざわざ電車なの?」
「ここだけの話、三千院の令嬢は鉄道オタクになったそうだ」
「ええ?! ナギさんも?!」
「『も』? あとは誰だ?」
「え? いや、あはは……」
「それはですね、一樹くん。なんでも幻のホームが現れるらしいのです」
「幻? ……原宿駅のこと?」
「やはり有名なのか?」
「いやまぁ……一般の人は誰でも知っているかと……」
「なるほど、一樹は私を世間知らずと言いたいわけだ」
「え?! いや、そ、そんなつもりじゃなくて!」
「だがそれならば尚更電車で行かなくては!」
「あ、うん! だよね! 限定だしね!」
「ああ! さすが一樹だ! わかってるな!」


◆◇◆


 ――JR山手線原宿駅 新宿・池袋方面。
 時刻はそろそろ零時を回ろうというところだった。

 11輛編成の山手線が、プラットフォームに滑り込む。
 ドアが開く。
 人が流れ出る。

「ふっ……さすが明治神宮。ものが違う!」
「何言ってるんだナギ。間抜けなこと言ってるとはぐれるぞ」
「一番危ないのは伊澄さ……ってああ!」
「ふっ……さすが伊澄。ものが違う!」
「少し黙れ! あーあーあー、伊澄がはぐれちまった」
「あっ! あそこにいた! 僕が行くよ」
「え? いやオレが……」

 ワタルが「オレが行く」と言うより早く、一樹は人混みをかいくぐっていく。
 ワタルは少し残念がって、一樹の行く先を見た。
 見ても、人垣でまったくわからなかった。

「身長が2mあればなあ……」
「不便なことのほうが多いと思うぞ、それだけあると。さすがに」

 ワタルは諦めてナギに目を落とす。
 と同時に、ポケットのケータイが震えた。
 一樹である。

「スネーク、無事か?」
『無事だ。伊澄さんはダンボールに入れて保護してある』
「助かった。サンキュ」
『どういたしまして。こっちが見える?』

 ワタルは再び一樹が行った方向を見やった。
 見えない。

「見えないな」
『こっちも見えないんだ。どうしようか?』
「……」

 ワタルは再びナギを見た。
 そして人垣を見る。
 更に溜息をついた。
 これももう三度目だ。
 伊澄と一緒に、だったはずだったのだが。

「なんだその不服そうな顔は」
「なんでもねーよ」
『どうしたの?』
「いや、なんでもない」

 ワタルは三度一樹がいるだろう方に目を向ける。
 やはり見えない。

「お互い不本意だろうが、しょうがない。この2組で参拝しちまおう。落ちあう場所は……まぁ後で連絡する」
『しょうがないね。了解。じゃ、また後でね』

 電話が切れる。
 通話時間2分14秒という表示をなんとなく見て、ワタルはケータイをポケットにしまった。

「そういうことだから……なんだよ」
「……私だってお前と二人じゃ不本意だ」

 ナギはワタル以上に不機嫌な表情をしていた。
 逆にそれが笑いを誘う。

「なっ!」
「まぁいいや。はぐれるなよ?」
「むっ、お前こそな……って」

 ワタルが不意に前に出る。
 少し距離ができてしまった。


◆◇◆


 三千院ナギは不機嫌だった。
 否、不機嫌に"なった"。
 その理由はわからなかったが、原因はわかっていた。
 橘ワタルの「不本意」という言葉だ。
 それから少しムッとした。
 だが、どうしてかはわからない。
 その状況が余計に彼女を悶々とさせた。

 もやもやとした感情をもてあましていると、ワタルが不意に前に出た。
 少し距離ができてしまった。

 はぐれるなと言っておいて、自分からはぐれるとは、まったく良い根性をしている。
 ナギは慌てて追い掛けた。
 とはいえ、追い掛けようとして追い掛けられるものではない。
 何せ字のごとく人垣が目前にはあるのだ。
 少女の力はあまりに微弱であった。

「ワタル!」

 ナギは手を伸ばす。
 あと少しというところで、届かない。
 ケータイにかけてやろうか――そう思った時、ワタルが気づいた。
 小馬鹿にしたような表情を取ってからナギが伸ばした手を掴み、

「おおっ、と」

 タイミングを見計らって力強く引く。
 先ほどのいくら伸ばしても届かなかった距離は、あっという間になくなった。

「……手を伸ばしていたのは、ただお前とはぐれるのはまずいと思ったからだ」
「……は? 何言ってんだ。当たり前だろ」
「……」
「なんだよ」
「ああ。当たり前だとも」
「?」


 吐く息は白かった。
 日中も寒かったが、やはり夜は更に冷える。
 人垣に埋もれているせいで、風を避けられることだけは幸いだった。

 ナギはふと右手に視線を落とす。
 繋いだ手と繋がれた手がある。

(それにしても……)

 繋がれた手は温かい。

(なんだか照れるのう……)

 繋いだ手は温かいのだろうか。

「……」
「……」

 周りはカップルが存外に多かった。
 彼らの多くは手を繋いでいることだろう。
 その手はきっとかたく結ばれていて。
 その手はきっとお互いの温もりを伝えあっていて。
 その手はきっとお互いを幸せにしている。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、ふとワタルがナギの手を引いた。
 人垣がわずかに前進した。
 それでナギはふと我に返った。
 そしてそんな乙女チックな思考に、赤面した。

(恥ず……)

 恥ずかしさをもてあまして、視線を右往左往させていたら、自分の手に目がとまった。
 そこで脳裏をかすめた疑問がいけなかった。

 ……握り返したほうがいいのだろうか。

(タイミングを逃した感が満載だな……)

 とはいえ一度思ってしまうと、なかなかぬぐえない。

(握り返さねばならないという法があるわけではないのだが……、
 でも人は法にのみ生きるわけではないし、
 そもそも手を繋いでいるのなら、互いが握りあっている方が、形としては自然だろうし……
 でも今更握り返すと、何か変に意識してるって思われるかもしれないし……
 いや、別に意識とかしてるわけじゃないけど……)

 葛藤して、逡巡する。
 結局行き詰まってしまって、助けてくれるわけじゃないのに、助けを求めてワタルの顔を一瞥した。
 ワタルは無表情に前方を見ていた。
 きっと何を見ているというわけではないのだろう。
 それはつまり、ナギが手を握り返していない、という事実など、皆目どうでもいいということだ。

 ナギはむっとした。

 彼に当たるのがお門違いなのは重々承知である。
 だが、このようにまったく関心がない風なのも頭に来る。
 だってそれではこうして悩んでいるしている自分がバカみたいではないか――と。

(……悩んでいる?)

 そう、彼女は悩んでいた。

(なぜ? ……握り返す必要なんかないぞ?)

 手を繋いでいるなら互いが握りあっている方が形としては自然かもしれない――だが、体面を気にするようなことか?
 誰も見やしない。

 そうだ。
 そもそもそんなこと引き合いに出す方がおかしい。
 「形としては自然」?
 なんだその言い訳がましい表現は。
 いや、言い訳だ。
 じゃあなぜ言い訳なんか――

(あ……)

 それは彼女が、「手を握り返したい」と願っていることの裏返しだ。

(あー、なんか……まずい)

 握り返したい?
 なぜ。

(このままだと、気づいちゃいそうだ)

 なぜって、そんなの決まっている。

(何にって、そんなの決まってる)

 三千院ナギは、橘ワタルを――







「――ナギ」






「……なんだ?」

 突然降ってきた声に、ナギの思考は止まった。
 なぜだかは知らないが、少しほっとした。

「手」

 ほっとしたのはつかの間だった。
 思考を読まれたかのような台詞に、ナギの鼓動は跳ね上がる。

「手が、どうした」

 絞り出した言葉は、不自然につっかえてしまった。

「いや……」

 ワタルは少し不機嫌そうに視線を逸らす。
 彼は言葉を探していた。
 ナギが先ほどしたように、視線を右往左往させている。
 その様子がおかしくて、ナギは少しだけ落ち着いた。
 だがそれもまた、つかの間だった。

「寒いな」
「ああ、寒い」
「手……」

 彼はそこでやはりためらった。

「手、あったかいな」


(――あ)


 そう言ったワタルは、ちょっとだけ笑顔だった。
 いつも仏頂面の彼が見せる笑顔は、僅かに朱が入っていた。
 そしてナギは、その笑顔から少しの間、目が離せなかった。
 その少しの間に、ワタルは照れくさそうに顔を前向きに戻した。

(ああもう、せっかく気づかずにいたのに――)

 ナギは繋がれた手を握り返す。
 あったかい。

 ワタルが少し驚いた表情でナギに振り向く。

「『手、あったかいな』?」
「……なんだよ」
「恥っずぅー」
「なっ……うっせーよ!」
「言ってることがくさい。もうプンプン臭う」
「あーあーあー何も聞こえなーい」



(気づいちゃったもんはしょうがない、か)

 彼女は気づいたのだ、

「だがまぁ、そうだな」
「……?」

 "三千院ナギは、橘ワタルの――

「あったかい」

 手を握り返したい"

「……だろ」

 ということに。
【日記】
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